一般的な企業でVRトレーニングが採用されていますが、アメリカの警察においても、VRトレーニングが様々な視点から活用されています。
今回はこれをテーマに、詳しく見ていきましょう。
アメリカの警察向け技術企業、VRトレーニング事業に参入
アメリカの警察向け技術を手掛けるWRAP Technologiesは、VRトレーニング用ソフトウェア企業であるNSENAと、事業譲渡契約を結びました。
このVR事業を「WRAP Reality」と呼び、警察向けのVRトレーニングを提供します。

VRトレーニングで、交渉術や心理学などを学ぶ
NSENAのトレーニングでは、様々なシーンをVR内で再現し、その場に適した対応を学べます。
これまでに、受刑者が仮釈放された場合に実生活を送るためのプログラム等も開発されました。
NSENAの警察向けトレーニングのためのコンテンツ数は、47です。
開発には現職の警察官も携わり、被疑者を落ち着かせる、争いを解決するといった、様々な場面での対応を学べます。

プラットフォームは、最新のVRヘッドセットにも対応するフレキシブルな仕様。より良い学習のために、指導者がトレーニング環境を制御可能なシステムになっています。
8年後の市場は、3倍に拡大
このようなVRトレーニングやシミュレーションの市場は、拡大傾向にあります。
2019年に、約2,040億ドル(約21.2兆円)であったのが、2027年には、約6,010億ドル(約62.2兆円)と、3倍近くに伸長するという調査報告もあります。
中でも、警察・軍事は、市場の重要なポジションを占めており、VRトレーニングの認知度向上に伴い、市場の拡大を牽引すると見ています。
ニューヨーク市警、テロ対策トレーニングにVR技術を導入
ニューヨーク市警察のテロ対策部門は、警察官のトレーニングにVR技術を導入しました。
銃撃戦や人質事件といった実例に基づくシチュエーションを再現し、空間を歩き回る実戦的な訓練を可能にします。

VRの内容は、実際の事件に基づいたもの
ニューヨーク州ブルックリンのウィリアムズバーグで行われた1週間のトライアルでは、何百人ものニューヨーク市警の警察官が、VRトレーニングを体験しました。
VRの内容は、全て実際の事件に沿ったものだということです。
プログラムを開発したのは、救急救命やエンジニア向けにVRトレーニングを制作するV-Armedです。
空間を歩き回れるフリーロームVRで、リアルな銃撃戦や人質を取られた現場を再現。警察官は、一般人を傷付けずに、バーチャルなテロリストを制圧します。
パフォーマンス評価やコンテンツ編集も可能
プログラムは、トレーニングに参加する警察官の成績を確認出来る、様々なオプションを備えています。
例えば、射撃の技術や交渉力等の評価が可能です。
上官らは、トレーニングの様子を確認し、警察官の持つ銃口がどこを向いていて、銃器の使い方は正しいかどうかなどをチェック出来ます。
シミュレーションは徹底してカスタマイズされており、実際には再現が難しいあらゆるシチュエーションを学べます。
世界貿易センター跡地メモリアル・ミュージアムでの乱射事件、公立学校での人質事件は、その一例です。
また、管理者は、ドラッグ&ドロップの簡単な操作で、トレーニングシーンに犯罪者や市民を加えることも出来ます。
進化し続けるVRトレーニング
ニューヨーク市警にとって、カリキュラムへVRトレーニングを導入したのは初の試みでした。
一方、危険な場面のシミュレーションに対するVR活用事例は、他にも多くあります。
今後、ロケーションベースのVRの普及に伴い、費用対効果の高いVRトレーニングの採用は伸びていくと考えます。
シカゴ市警、精神疾患を抱える人との対応を学習出来るVRトレーニングを導入
シカゴ市警が、警察官のトレーニングにVR技術を導入しました。
VRトレーニングは、現場の警察官を対象としたもので、統合失調症や自閉症の症状を抱える人との接触方法を学ぶ内容です。

2つの視点で構成
シカゴ市警で採用されたVRトレーニングは、 Axon(アクソン)社が開発しました。
同社は、1993年に創業(当時は、TASER International)したアリゾナ州の企業で、ボディカメラや専用のアプリなど、軍・司法機関向けの製品を手掛けています。
VRトレーニングは、実写に基づき、統合失調症、自閉症の人の視点と警察官の視点の2編で構成されています。警察官の視点では、要所で対象への対応を決める選択肢が表示され、ゲイズコントロール(gaze control)形式(VRヘッドセットのヘッドトラッキング機能を使用し、頭を動かして注視点を動かす仕組み。アイトラッキングとは別物。)で、選択肢を選びます。
メディアの前で実演
2019年5月22日、シカゴ市警本部で、複数のメディアの前で警察官によるVRトレーニングの実演が行われました。
VRトレーニングの導入について、シカゴ市警警視のEddie Johnson氏は、精神面に不調を抱えた人と警察官との接触は、警察側が適切な対応を行わない限り、容易に望ましくない結果となると説明。
トレーニングの重要性を強調し、以下のようにコメントしました。
警察官が精神的な問題を抱える人々に、迅速に、あるいは適切に対応しない場合、ただの精神的な不調が犯罪行為へと転化し、その結果、対象や警官が負傷するといった事態も起こり得ます。我々はそのような結果を望んでいません。よって我々は、現場の警察官たちに、こういったケースに対応可能となる訓練とリソースをさらに提供する必要があり、それが双方にとってのリスク軽減に繋がると考えています。
警察へのVR技術の普及
2019年5月、国内外の複数の法執行機関が、VRの活用を勧めました。
2019年3月、先にご紹介した、ニューヨーク市警が警察官用に、銃撃戦や人質事件といった実例に基づくシチュエーションを再現した、実戦的な訓練が可能なVRトレーニングを導入したことは、記憶に新しいです。
日本では、警察組織への本格的なVRトレーニングの導入は行われていませんが、福岡県警が、飲酒運転の危険性を警告する、「VRで飲酒運転の疑似体験が出来るシステム」を全国で初めて導入しています。
また、大分県警が「VR交通安全動画」を制作、公開するなど、VRを活用した独自の取り組みが各地で進められています。
アリゾナ州の警察、共感力を高めるVRトレーニングを導入
アメリカのアリゾナ州フェニックスの警察では、警察官のトレーニングにVR技術を導入しました。
精神疾患を持つ人との対話方法を学び、緊迫した状況を制御する共感力のトレーニング(Empathy Training)が目的です。

トレーニングを開発したのは、同州のセキュリティ関連企業であるAxon社です。同社のVRトレーニングは、これまでにもシカゴ市警等で採用されています。
相手の立場を体験
警察官の視点だけでなく、疾患を持つ人の視点も体験出来ます。
自閉症の人が対象だとすれば、大きな物音がすれば画面が明るく燃え上がり、さらに音が増幅されます。警察官が現場に駆けつけると、さらに切羽詰まった状態になります。
このように相手の立場を体験した後で、警察官としてどのように対応すべきか、選択肢が提示されます。規定に則った正しい対応に限らず、また、力づくでなく現場を落ち着かせるということがポイントになります。先程の例で言えば、パトロールカーのサイレンの音を小さくし、ライトを消すといった選択も考えられるでしょう。
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同僚の行動に”介入”するトレーニング
Axon社はこの他にも、介入のトレーニング(intervention training)に注目したプログラム開発を進めています。
これは、他の警察官の不適切な行動に居合わせた際、どのように振る舞うかのトレーニングです。
アメリカでは、黒人男性が警察官に拘束され死亡するという事件から抗議活動が全土に拡大する事案が、度々発生しています。このようなシチュエーションを想定し、適切な対応を学ぶ訓練を行います。
米バージニア州の警察、犯人側の視点を学ぶVRトレーニングを導入
アメリカのバージニア州ストラスバーグの警察は、危機回避を目的とした警察官のトレーニングにVR技術を導入しました。
このVRトレーニングには、3つのシナリオが存在します。各シナリオは、不審な人物に対する声かけ、他警察官への応援の要請などです。

自閉症の人など、特定の障害を持つ人との接し方を学ぶだけでなく、犯人側の視点に切り替えることも可能で、銃を突きつけられる感覚などを、警察官が学ぶことが出来ます。

トレーニングコーディネーターのLonnie Conner警部補は、VRトレーニングについて、以下のようにコメントしています。
トレーニングは、参加者をまず警察官の立場に置き、その後、相手側の立場に置きます。これは危機回避を目的としているからであり、撃つ・撃たないではなく、危険なケースでも状況の把握を可能にし、対話を行うことが目的です。
実際に、トレーニングを受講した警察官からは、ポジティブなフィードバックが寄せられているとのことです。